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泣き虫てんぐの3倍パンチ

誰のことも傷つけない透明人間になりたい

まつりのあと

 

彼女は何故あんな箱を渡したのだろう。

怒りか嫉妬か。

もしくは度が過ぎた悪戯か。

あんなにも愛し合ったのに。

 

100年の時を失い

変わってしまった世界を

独りで生きていくのは

とてもじゃないが辛すぎる。

老い果てた体では

漁すらまともにできやしない。

毎日お隣の磯野さんから

お酒を恵んでもらっては、

酔っぱらうことだけを目的に

毎日をやり抜いている。

 

絶対に開けてはいけません。

 

そう言われて貰った玉手箱。

秒殺で開けちゃったことについては

もう後悔って言葉じゃ足りないくらいで

だけど食べ物だったら腐っちゃうし

大金かな?って淡い期待もあったし

まさか白い煙がもくもく~だなんて

誰も思うわけないじゃん…。

 

いっそあの箱の中身が爆弾か何かで

木っ端微塵に吹き飛ばしてもらった方が

どんなにか楽だったことだろう。

今日もそんな自問自答を

漫然と繰り返しているうちに、

ふとある考えが頭を過った。

 

そうだ、

もう一度乙姫に会いに行こう。

 

竜宮城へ行く術などないけど

とりあえず浜辺へと向かった。

道中、乙姫への怒りや疑問は

夜な夜な愛し合った記憶にシフトし

また乙姫を抱きたい!という

もはやいかがわしい動機だけで

海へと向かう足を進めた。

 

浜辺につくと緑色の亀が

仰向けに寝転がって昼寝している。

間違いない、あの時の亀だ。

 

おい!亀!起きろ!

杖で小突きながら呼び起こす。

 

あぁ?んだよ折角いい気持ちで…

おお!浦島じゃん!

懐かしいな、何やってんだよ?

それにしてもまた豪快に老けたなー!

 

そういうのいいから!

おい、亀!

俺をまた竜宮城まで連れていけ!

 

亀は、はぁとひとつため息をついて

面倒そうに体を起こした。

そして甲羅あたりから

くしゃくしゃになったタバコの箱を

取り出し、吸うか?と言わんばかりに

こちらにそれを差し出す。

無言で首を振る。

あの日以来煙を見るのはうんざりだ。

亀はそれに火をつけ

ふぅーと大きく煙を吐き出した。

 

なに?やっぱお前も怒ってんの?

 

当たり前だろ、そんなの…

ってはぁ?お前もってなに?

俺だけじゃねえの!?

 

いやーいい天気だなぁ。

こんな日はパチンコ行きてぇなぁ。

 

亀がパチンコって…おい!

話をそらすな!

 

そうかぁやっぱ怒るかぁ。

お前は他の奴とは違うのかなぁって

少し期待してたんだけどなぁ。

 

話が全然見えてこねぇ。

何か?俺以外の奴にもあの箱渡して

こんな酷い目に合わせてんのか?

 

酷い目って。

相応に楽しんどいて随分な言い方だな。

 

た、楽しんでたと言うかだな…

俺と乙姫は愛し合ってだな…

 

じゃあ出ていかなきゃよかったじゃん。

 

むむむ…それはそうなんだが…

 

まぁあれだ。

お前を批判するつもりはない。

だがお前はもう竜宮へは行けない。

諦めろ。そんで帰れ。俺は寝る。

 

行けないってことは…

もう乙姫には会えないのか?

 

そうだよ、年寄りに用はない。

 

お前らが年寄りにしといて

なんだその言い方はムカつくな!

 

だーかーらー!

乙姫は人間の若さを食って…

あ。いやなんでもない。

今の無しで。

 

…若さを食う?

 

いやーいい天気だなぁ。

こんな日はパチンコ行きてぇなぁ。

 

乙姫は人間の若さを食うのか!?

俺は利用されたのか!?

 

あれだけ何日も飲み食い散らかして

乙姫抱きまくって利用かよ…

どこまでも図々しい奴だな。

他の人間なんて精々一泊二日コースよ?

 

え?そうなの?

 

そうだよ。

そして乙姫はお前にだけは

絶対に開けてはいけませんって

そう言っただろ?

彼女なりに特別な感情があったんだろ。

察しろ。そう言ってやるな。

 

そうだったのか…。

…。

乙姫!俺はもう一度お前を抱きたい!

 

図々しい通り越して潔いな…。

だがそれはもう無理なんだって。

 

 

 

何だか分かったような分からないような

モヤモヤを抱えたまま帰路につく。

亀は眠くなくなったみたいで

海へジャブンと消えていった。

磯野さん家は今夜はカレーのようだ。

いいなぁ食べたいな。

 

乙姫は今夜も誰かに出会って

生きるために愛して

愛した男の若さを食って

永らえているのかな…。

 

もう一度会いたい願望は

いつの間にか消えていた。

そんな重たい女は俺には無理だ。

一生分楽しんだと思って

彼女のことは諦めよう。

 

今夜も空っぽの玉手箱を持って

磯野さん家のチャイムを押す。

カレーを恵んで貰ったが

お酒はきれているとのこと。

バイトでもしようかな…。

と見上げた夜空には

分厚い雲が浮かんでいて

真ん丸の黄色い月を

半分飲み込んでいる。

 

 

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