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泣き虫てんぐの3倍パンチ

誰のことも傷つけない透明人間になりたい

 

むしゃくしゃしていた。

仕事でクレームが発生し

クライアントへ謝罪に行って

そのまま直帰中。

私のミスじゃないのにさ。

会社には、

遅くなりそうなのでそのまま帰りまーす

とだけ電話はいれておいた。

部長は何か言いたそうだったけど無視。

 

結局いつもより早く帰れることになり

どうせすることもないし彼氏にLINE。

今夜そっち行っていーい?

 

高田馬場、電車を降りたところで

何気なくスマホを取り出す。

16時40分、LINEの返信はない。

その瞬間頭の上の方で、

カチリという大きな音が鳴った。

ガラスが割れる瞬間を

スローモーションにしたような音に

びくっとして即座に上を見る。

何もない。

今度はそのまま後ろをふり返ると、

時間が止まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人も電車も鳥も光も

全てのものが止まっていた。

光が止まるって変な表現だけど、

光の光り方がいつもとまるで違うから

あ。止まってる。って

容易にそれを理解できた。

光は白くて、波を打つように

歪んだ形で止まっていた。

木漏れ日のような暖かさをもって。

 

テレビのどっきりとかでもない。

リアリティがまるで違う。

止まってしまった世界は

表現しようもないほど美しかった。

 

驚いたことにあまり驚かなかった。

驚かなかったことに驚いたくらいで

うわ…止まった…程度の

そんな軽い感想しかなかった。

世界が止まってしまったことを

私はすんなり受け入れてしまった。

 

随分長い間、その景色を眺めていた。

当然のように世界は動き始めないので

私は私の後ろにいたおじさんに

おーい。と呼び掛ける。

今度は少しだけ大きな声で

おーいおーい!と呼び掛ける。

返事がない。屍のようだ。

と独り言を言ってみる。

 

止まっているたくさんの人達を

避けて歩くのは意外に難しくて

駅を出る頃にはちょっと疲れた。

普段いかに相手もこちらを避けながら、

つまりお互いに避けあいながら

歩いていたのだということを実感。

 

駅をでて右に曲がる。

信号は赤だけどどうせ車も止まってる。

喫煙所の横を通りすぎる。

が、ふと思い立ってそこへ戻る。

 

三人組の大学生。

ちょっとイケメンなサラリーマン。

小太りのジージャン着たおじさん。

全部で5人。

人はもちろん、煙も止まっている。

 

ひとりひとりの指から煙草を取り上げ

全部吸い殻いれへ。

火は赤く燃えたままだったから

そこは触らないようにそっと。

空気を綺麗にしてやりました!

とまたつまらない独り言。

 

少し考えてから、何となく

イケメンのお尻を撫でてみる。

ふにふにして気持ちいい。

変態かよ…と呟きながらも、

大学生のお尻はもっとふにふにかな?

と思い手を伸ばす。

その時、大学生のお尻のポッケに

差し込まれた財布が目につく。

 

あれ?これってお金盗み放題じゃん?

 

それから多分一時間くらいかけて

周辺にいた人全員の財布から

お札だけを抜いた。

後半は自分の財布もぱんぱんになり

一万円札だけを抜くようにした。

お金なんか盗まなくったって

お店の物なんか盗り放題なんじゃ…

という考えも一瞬よぎったけど

とにかく夢中でお金を集めた。

 

ひとりだけどんなに探しても

財布を持っていないおじさんがいて

何かイラッとしたから

おじさんの頭をバッグで叩いた。

 

疲れたしお腹もすいてきて

目の前にあったサイゼリアへ。

ウエイトレスが運んでいた

カルボナーラを取り上げて

半分くらいを雑に食べた。

美味しくなかった。

ドリンクバーのボタンを押したけど

リンゴジュースは出なかった。

 

彼氏の部屋まで駅から徒歩15分。

他に私と同じ状況の人がいないか

きょろきょろしながら歩いた。

が、やはりみんな止まっている。

 

それにしても疲れている。

体がものすごく重い。

 

合鍵で彼氏の部屋にはいってふと

あ、あいつも止まってるんだ…

という大事なことに気付く。

一応電話を鳴らそうと試みるも

呼び出し音は鳴らず。

16時40分。

探しに行くか少し悩んだけど諦めた。

だって一体どこへ?

 

テレビのリモコンをおす。

画面がうつる。

夕方のニュースのコメンテーターも

やっぱり止まっていた。

テレビを消す。

 

少し眠ろう。

すごく疲れた。

夢オチって可能性も…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どれくらい眠ったのか分からないけど

とにかくたくさん寝た。

目を閉じたままスマホを手で探し当て

画面を起動、16時40分。

 

夢オチじゃありませんでした…

呟いて起き上がる。

テレビはやはり昨日と同じ画面。

ガスはつかない。

動いているのは多分電気だけ。

 

二度寝しようかと悩んだけど

お腹が空いたので歩いてコンビニへ。

自動ドアが開かなかったから

手で強引に開けて店内に入った。

水とリンゴジュースと

おにぎりふたつとサンドイッチ。

ぱんぱんに膨らんだ財布から

1,000円札を取り出して

一応レジの店員さんの前に置いた。

いただいていきます。

 

近くの公園でサンドイッチを食べた。

公園には二人の女の子。

サッカーボールを追いかけている。

楽しそうな表情を眺めているうちに

あぁ私は独りぼっちなんだ…

と今更ながら思った。

寂しくもないし不安もない。

ただ、退屈なだけ。

サッカーボールを思い切り蹴り飛ばす。

もしも時間が動き始めたら

この子達びっくりするかな?

 

本当は自分の部屋に帰りたかった。

でもどうせ電車は動いてないし

歩いて帰れなくもないけれど

やっぱり彼の部屋に戻った。

 

シャワー浴びたい…が水は出ない。

化粧、落としてないや。

 

いつの間にか眠っていて夢を見た。

母親と喧嘩する夢。

何が原因だったのか分からないけど

目が覚めてから少し泣いた。

 

それからはもう延々だらだらと

彼のマンガを読んだり眠ったり

外出さえしなかった。

 

2~3日くらい経っただろうか。

それを知る術なんてないので

体感的にそれくらい過ぎた時、

ふと駅に戻ってみようと思った。

あの場所に戻れば

またあのカチリという音が聞こえてきて

何事もなかったかのように

時間が動き始めるかもしれない。

根拠はないけど。

どうせ他にすることもない。

 

部屋を出てすぐから体がおかしかった。

もう重いとか辛いとか

そういった次元ではない。

引きちぎられるように痛い。

目眩さえしてきた。

 

駅へ向かう途中、夢のことを考えていた。

母親もきっと止まっている。

この感じだと世界も宇宙も

全て止まっているのだろうと思う。

飛行機も新幹線も止まっているのだから

多分故郷の実家には

もう二度と帰れないんだろうな。

 

お肉屋さんを通りすぎたとき

ふと店内のデジタル時計に目が止まる。

16時41分。

 

目眩の中呆然としていた意識から

ぞくりと一瞬で我に返る。

スマホを取り出す。

16時41分。

 

激痛に耐えながら体を引きずるように

とにかく駅へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

駅の前の広場、そして

喫煙所があった場所は凄惨な状況だった。

辺り一面に飛び散る血しぶきと

部分的に粉々になっている人間の体。

恐怖の表情で逃げる人々。

そんな世界のまま、止まっていた。

 

そこら中に死体が転がる景色を見て

不思議と全く怖くなかった。

それどころか冷静に確信した。

 

あ、これ私がやったんだ…

 

広場中央辺りは地面が割れ

そこに破裂した死体が埋もれている。

多分バッグで叩いた人だ。

見回してもそう。

私がお尻を触ったサラリーマンは

腰あたりが粉々に砕け散っている。

みんな私が触れた人達だ。

 

私はそこに倒れ込んだ。

体は痛みを通り越して

もはや感覚がなくなってきている。

薄れていく意識の中で

公園で遊んでいた女の子達がよぎる。

良かった、あの子達には触れてない。

 

もし今逃げ回っている人達の

時間軸が正常で共有されたものなら

その人達からすると状況から見て

犯人は私だと疑われるだろう。

いや、実際そうなんだけど…。

きっと遺体や財布からは

私の指紋が大量に出てくるし、

私の財布からも札束は発見される。

ただし殺害方法は不明、みたいな。

 

無差別にお金を強奪した上に

形も残らないほどの残虐な殺害。

 

何でこんなことになった?

お母さん、ごめんなさい。

いつも笑ってた母親の

当たり前の優しい笑顔が浮かぶ。

何で最後にあんな夢みたんだろう。

 

消えていく意識の中、

カチリ。と呟いてみる。

状況は変わらなかった。

私はそっと目を閉じる。

光が、木漏れ日のように暖かい。

 

 

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